vol.013 北海道で初日の出が見たい!其の四「東北篇」(1999.1)
1999年2月20日掲載
道はスムーズに流れ、何のトラブルもなく車は北へ驀進します。栃木、福島、宮城。
心配された雪もほんとんど見られず、31日の午前中には宮城県を通過しました。雪がチラチラ舞い出したのは、岩手に入った辺りからだったでしょうか。我々はこの先の天気や、所用時間などの情報を求めて、盛岡のドライブインに入りました。
インフォメーションで横山は尋ねました。「青函トンネルの通行料はいくらですか?」
「…あんのぅ、青函トンネルは電車のトンネルなんだけんども、んだんだ」
「え?車は通れないんですか?」
「んだ」(東北弁を馬鹿にしているつもりはありません)愕然としました。
皆はそのことを知らされると、一般常識の低さに笑いが込み上げたり、うなだれたり。どちらにしろ、手段を変えなくてはなりません。急遽、フェリーで函館へ向かうことに決定し我々は青森港を目指しました。
「この先は急に雪が多くなるだ。チェーンさ付けて行きなされ、んだんだ」
インフォメーションのお姉さんはそう教えてくれました。レンタカーと共に借りた鎖のチェーンを装着。
こういう作業をしていると「雪国に来たんだなぁ」と感じます。さあ、いざ出発です。勢いよく車は盛岡SAを飛び出しました。「シャンシャンシャン…」チェーンを付けたタイヤが鳴きます。さながら、ソリに乗ったサンタクロースというところでしょうか。
しかし、数日遅れのサンタさんは、我々に驚異のクリスマスプレゼントを用意していました。
「ブチッ!ガシャンガシャンガシャン…(イメージ効果音)」
「ん?なんの音?」
走り出して二分と経たないうちに鎖のチェーンが切れてしまったのです。
「あの東北女!」とりあえず、この出来事をさっきのインフォメーションのお姉さんのせいにし、我々はゴム性のチェーンを買わなければならなくなりました。行き交う車をよく見ると、どれも鎖チェーンなど着けていません。
この辺ではスタッドレスタイヤが主流のようです。何にしても、チェーンが無くては危険です。ゴムチェーンを買うため、オートバックスへ向かいます。しかし、オートバックスに寄るには高速を降りなくてはなりません。予算の関係もあるので、とにかくチェーン無しで、高速で進めるところまで進もうということになりました。
悪い事は重なるもので、あの東北女が言っていた通り、安代ジャンクション(八戸自動車道との分岐点)から急に雪が多くなってきました。青森へ向かう東北自動車道は既にアイスバーンで危険な状態に。
運転手横山は時速30キロをキープし、慎重に運転します。そうと知ってか知らずか、後部座席の面々は小山家からいただいた唐揚げやおかしやジュースで盛り上がったり、スースー眠っていたり。雪はさらに激しく吹き付け、本降りを通り越して吹雪きとなりました。視界は雪で遮られ、道路もどこを走ればいいのか分からない状態にまでなりました。明らかに危険です。その場しのぎで、切れたチェーンを宮都がなんとか付けられるように細工し、とにかく車を走らせます。
立ち止まれば雪に埋もれてしまうことは必至。そうなれば「北海道で初日の出を見る」という最大の目標が絶たれてしまいます。そんな厳しい条件で苦しんでいる時、別れて以来、始めて山田からの電話がありました。午後二時半。「俺だとん。今横浜だとん」今の我々に山田のことを考える余地はありません。彼が今日中に大阪に帰られるかどうかなど、知ったことではありませんでした。
無情にも冷たく電話を切り、山田のことは忘れるようにしました。それにしても、雪は一向に弱まる気配を見せません。あまりゆっくり走っているせいか、我々を先頭に大渋滞が発生しています。除雪車も巻き込んでしまいました。しかし、どうすることもできずマイペース運転は続きます。(多くの東北の皆様、ご迷惑おかけしました)鎖のチェーンに限界がやってきました。
オートバックスを求めて、本来降りるはずだった青森インターのひとつ手前、浪岡インターで降りることにしました。104で青森市内のオートバックスの電話番号を聞きます。何せ誰もが始めて立ち寄る街なので、右も左もわからないのが現状です。用意した地図も全国マップのため細かい地名は載っていません。
とにかく電話だけを頼りに、青森のオートバックスを探しました。もちろん下道も我々を先頭に大渋滞。もう後ろめたさはありません。「なにわナンバー」だけは雪で隠れないように主張し、オートバックスまでなんとか辿り着きました。午後四時半。ゴム性のチェーンを履き、車は心機一転フェリーターミナルに向かいます。五時出発の函館行「べえだ」にぎりぎりで滑り込み、我々はようやく安堵の地を手に入れました。三時間後に着く北海道を想い、皆胸を踊らせながら静かに寝息を立てるのでした。
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