vol.010 北海道で初日の出が見たい!其の一「出発編」(1999.1)
1999年1月9日掲載
予告していた通り、我々は12月30日から1月3日にかけて大阪北海道間を車で往復しました。そう、あの暴挙は成功したのです。出発前、各方面からの北国情報、様々な忠告が我々を不安に陥れ、成功か否か大きな疑問を抱いたものです。しかし、我々はやってのけました。今はその達成感と充実感でいっぱいです。あの男が取った驚くべき行動も忘れるほどに・・・「あの男が取った驚くべき行動」。意味深な言葉でしょう。実は今回の北上企画、予定とは大きく異なった信じられない事実で幕が切って落とされたのです。まず明かしておきましょう。「あの男」とは代表山田かつろうです。そして、驚くべき行動、信じられない事実とは・・・
あれは出発前日、29日の正午を回った頃です。もうトヨタレンタリースで商用ワゴンを予約し、北海道へ向けての寒さ対策に各々余念なく準備を進めていた時のこと。横山の携帯電話に見覚えのある番号から着信がありました。山田からでした。「芝居屋坂道ストア」に客演していた関係もあり、山田とは今回の企画に関して連絡が取れていなかったので、横山は少し安心して電話を取ったのです。しかし、待ち受けていた横山の耳に届いた山田の言葉は、大地を揺らし、海を割るようでした。「俺、北海道に行きたくないんとん」あまりに突然な発言に戸惑い、横山はどういうことかと問い質しましたが、山田は頑なに行かないと拒みます。ひとまず電話を切り、説得王子宮都謹次に相談しました。
そこから宮都&横山vs山田の電話マッチです。まず、山田の言い分を箇条書きで記します。
・今回の企画の意図がわからない。
・1/4までに家賃を納めなくてはならない。その金を1/2〜3のバイトで稼ぎたい。
・今年俺はよくがんばった。正月くらいゆっくりさせてくれ。
・性格的に今回の企画は俺は嫌だ。矛盾はありますが、山田が口にした言葉です。それに対して我々は、
・そんなことは出発前日に言うことじゃない。
・免許保持者は、山田、横山、小山、三谷の4人。運連慣れしていない小山三谷を外せば実質二人。そのうちの一人がいなくなったら横山にかかる負荷が大きすぎる。
・山田が支払うべき参加費をもう計算に入れている。
・第一、売込隊の企画として代表が参加しなくてどうするのだ。
どう考えても、誰が見ても我々の話の方が筋が通っているとは思いませんか。しかし山田は「行きたくない」の一点張りです。説得王子宮都の言葉に何度か揺れたこともありましたが、一度思うと相当頑固な山田かつろう。もう出発は明日だというのに話が進みません。「とにかく明日、北海道に行ける用意はしておけ。おまえの家に行くから自分の口で全員を説得しろ。全員納得したら行かなくてもいい」宮都はそう言い残し、電話を切ったのです。ここで一度、今回の北海道旅行について整理しておきましょう。始めにこの話が持ち上がったのは、98年12月18日のビームの会合の時でした。正月をどう過ごすかの話し合いになり、例によって、企画王子宮都謹次の発言です。
「誰もが考えるけど、誰もしたことがないことをしたい」
「つまりどういうことだ?」
「最北の地で初日の出を拝みたい」
その日集まったメンバーは宮都、梅本、小山、横山の四人。そうなってくると企画に歯止めは掛かりません。唯一現実的に物事を考えることができる横山がいたにもかかわらず。大筋をまとめ、次回のビームの会合でみんなに発表しました。
・参加者は山田、宮都、梅本、三谷、小山、横山とスタッフ 山崎香織、小川かめ子の8名。
・三谷恭子の「いるかHotel」稽古の関係もあり、期間は12/30から1/3。
・いつも本番の仕込み時に使うバン(750s)一台に参加者全員搭乗。荷台部に断熱材を敷き、毛布や寝袋で完全な寒さ対策をする。
・参加費は一人2万円+食費。
・一足先に東京の実家へ帰っている小山をまず迎えに行く。その際、小山家にて体力充電。(小山力様、律様、お世話になりました)
・運転者をいたわりながらもとにかく北上。年内に北海道に到着し、元旦の朝、最北の地で初日の出を拝む。後は温泉とウニやイクラの舞い踊り。
以上を決定し、我々は北海道を目指すに至ったのです。
12月30日出発日当日。天王寺駅に集結した参加者たちは、山田のドタキャン発言を知り、激怒しました。東京で待つ小山の耳にもその情報は届いており、怒りと悲しみに打ちひしがれていたそうです。とにかく山田を説得しなければ。まだ稽古中の三谷を梅田で拾うまでの時間、我々は山田宅を訪ねることになりました。一人暮らしを始めて、まだひと月も経っていない山田の新居を我々は誰一人知りません。電話で山田とコンタクトを取りながら、どうにか山田の家に辿り着きました。始めて人が来たことがそんなに嬉しいのか、山田は我々の心境も無視してニコニコと朗らかに出迎えてくれています。六畳もないワンルームに我々は押し込まれ、山田の話を聞くことになりました。
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