vol.008 売込隊絶句!若人の広場の恐怖〜淡路島合宿にて(1998.8)
98年8月24日〜25日
売込隊ビームは「トバスアタマ」の合宿ということで、淡路島へ行ってきた。始めに断っておくと、この合宿で芝居の稽古が行われた時間は1秒もなかった。すなわちただの旅行である。いや、ただの旅行ではない!この合宿を企てた3人(宮都、小山、横山)による、淡路島全体を使った大がかりなゲーム形式の旅なのだ。はっきり言ってこのゲーム(「トレジャーハンティング」と我々は名付けていたが)かなりやりごたえがあって楽しいものであった。そこら辺のバラエティ番組にも負けない。これ以上完璧な計画はこの先3年は出てこないだろう。(売込隊ビームで)ただ、この楽しさを文章で伝えることはできない。文章にしたとたんおもしろさが激減する。芝居をビデオで観るようなものだ。まったく伝わらない。私の文章力なの無さを差し引いても無理なことで無駄なことなのだ。だから書かない。しかし、これだけは書かせて欲しい!・・・。これだけは書き記さねばならないだろう。
「若人の広場」
皆さんは淡路島にある「若人の広場」という名の施設を聞いたことがあるだろうか?今ならまだ、ほとんどの淡路島観光関係の書物に載っていると思うので気になったら見ていただくといい。簡単に説明すると、
太平洋戦争の戦没記念館だ。
この合宿(トレジャーハンティング)の一週間前、企画班の3人は一足先に淡路島へ下見に訪れていた。
散々「るるぶ」を見ながら計画を立てたあと、夜中に淡路島の下見に行くことになったのだ。このゲームで使われるすべてのチェックポイントを車で回る。最終チェックポイントを机上旅行の際に「若人の広場」と決めていたため、必然的に「若人の広場」に向かうことになった。夜半中走り回り、そこに着いた時は朝9:00を回っていた。この時、「若人の広場」がどんなところであるか、3人は何一つ情報を持っていなかった。
場所さえ曖昧にしかわからなったため、(もちろん若人の広場が寂れた山中に立っていることもあって)看板だけを頼りに迷いながら辿り着いた。「ここやんな?」車が一台やっと通れる程度に鉄門(ちょうど小学校の正門のような門)が開いていて、我々は恐る恐る入っていった。雑草が伸び放題に伸びている。道無き道を10メートルほど進むと、広くはないが駐車場らしきところに出た。天気は最高に良く、快晴。徹夜の3人はとりあえず車を降り、朝の空気を吸った。そこから先は石の階段になっていて、歩いてしかいけない。その石段を目で辿っていくと、これまた石造りの立派な建物がそびえていた。それこそ「若人の広場・戦没記念館」だったのだ。しかし、そんなことをこの時の3人が知る由もない。
「行こう・・・・・。」
3人は照りつける太陽の下、石段を登った。まず最初に受付らしき小屋があった。看板に大人500円・小人300円と書いてあるのがかろうじて見える。小屋の窓は割られていた。
「何ここ?・・・・・・」
理解はできないうちに、戦没記念館の文字が目に入った。そこは、確かに数年前までは営業していた形跡があったが、我々が行った時には廃墟と化していたのだった。
人一倍好奇心の強い宮都が軽く奇声をあげ、とにかく奥へ進むことを提案した。小山、横山は承諾した。奥へ進む。城壁のように石の積まれたその建物の外壁はいつ崩れてもおかしくない様子だった。その壁沿いを歩いていかなくてはならない。少し行くとガラス戸が見えた。早速中を覗く3人。戦没記念館を名乗るに相応しい展示品の数々。突き立てられたサーベルに掛かった錆びたヘルメット。ボロボロの千羽鶴。「白い飯を腹一杯食べたい・・・」など、生々しい詩も連ねてある。
「怖ぁ・・・・・・・・。」同時に、
「入られへんかな。」と、宮都。
日が出ているとはいえ、この不気味さは直に見た者にしかわからない。「入りたい」などと言える場所ではないはずだった。しかし宮都は確かにそう言った。幸い(小山、横山にとって幸い)入れそうな場所はなく、とりあえずもう少し奥へ進むことになった。壁沿いの道を抜けると、屋上のようなところが開けた。「すごい!」鳴門海峡が見える。四国が見える。見晴らし、景色は最高だった。ラピュタに出てきそうな場所だと誰かが言っていたが、私はラピュタを知らないので何とも言えない。しかし、すごかった。
横山がふいに目をやったその場所がこのあとの宮都の行動を決めた。横山の視線を辿ると、それは開かれた扉だった。さっき覗いていた展示室につながる扉。「謹ちゃん・・あそこ」と扉を指差す。
打てば響く。また何か奇声をあげ、宮都は一目散に直行した。後を追う小山、横山。一人を除いて嫌々扉をくぐる。「クサっ」臭かった。動物の糞の臭い。鼠だろうか。そこは展示室に隣接された喫茶店らしく、もう長く放置されているようだった。厨房には古い冷蔵庫やいい感じの木箱、コーラ、ファンタ80円と書かれた看板があった。いつから放置されているのか。宮都が考えた阪神大震災以後という予想は、コーラとファンタの値段からして違うだろう。それにしても不気味だ。
薄暗い展示室は、さっき外から覗いた時よりも明らかに背筋を凍らせた。何度かこういった肝試しを経験しているが、これほど心拍数が上がったことはない。一歩奥へ進む度に胸騒ぎがした。一人を除いて・・・・・。
「うわ!」宮都の声。
厨房の奥に、漫画に出てくるような地下室へ続く階段を発見。小山、横山は「もう勘弁」だったが、カツカツと宮都はその階段を下りていった。彼を「命知らず」と名付ける。私のアタマにあるコンピューターは
「地下には日本刀を振り回す気の違った短髪の方がおられる・・・・。」
とはじき出していた。当然、宮都の生首を持って出てくるはずなので、小山を誘って外に避難した。
ちょっとして、首と胴体のつながった宮都が戻ってきた。「地下にはベッドマットやバイクがあって、どうも人が出入りしているような気配がある」と、地下の様子を教えてくれたが信じなかった。「とにかくもう帰ろう」
昼から稽古がある。どう考えても間に合わない。演出無しでどうするのか。だからとにかく帰ろう。説得終了。車に向かっていたが、まだ興奮は醒めない。それどころか話しはもう一山あった。
実はさっきの受付小屋から二手に道が分かれていて、もう一方は旅館らしき建物につながっているのだ。宮都はしきりにその旅館を気にしている。「じゃあもう一人で言ってくれば」臆病者のレッテルを貼られても構わないと誓った小山、横山は、宮都が嬉しそうに旅館へ走っていくのを見送っていた。 旅館にあったもののことは直接宮都に聞いて欲しい。もうここには記さない。以上が下見である。ちなみに稽古には3時間遅れで到着。寝てない我々は死人のようだった。尚、もちろん合宿当日にみんなで若人の広場に行ったのだが、特筆すべきことがないので省略する。売込隊ビームの面々が絶句したことだけは確かだ。
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