vol.004 宮都謹次!職人への第一歩(1998.6)
◆冴えた!宮都謹次の腕!!職人への第一歩を踏み出した日◆
6月28日(日)、雨が心配される中フリーマーケットが行われた。
売込隊ビームが出した品物は、古着が中心。しかし品物の集まりが乏しく、どんなにがんっばてディスプレイしたところで、小じゃれた店には到底見えはしなかった。それでも我々は必死に次回公演の資金稼ぎに励む。開場された時点で店にいた人物は、山田かつろう、小山茜、三谷恭子、太田清伸、横山拓也だった。
もともと天気予報では高い確率で雨だった為、客足は悪い。ところがカンカンに照りつける太陽が、我々の肌を焦がすのと比例して、客の数も増えてきた。こうなってくるとがんばるしかない。始めからかなり良心的な値段で売り始めた。 不在の梅本真里恵の商品がよく売れる。彼女は「酔拳2」のビデオや、小学生の頃に集めた消しゴムなど一風変わった商品をうりにしていた。
便乗して他の商品も売れ出す。開始して二時間が経った頃、宮都と梅本が到着。宮都は風邪の身体をおしてやって来た。(未だ我々の間では風邪が流行っている。ちなみに中谷康晃は三時頃、これまた風邪をおしてやって来て、一分足らずで帰ってしまった。何しに来たのか不明である) 宮都の荷物には、どうみても売る為の商品が入っていない。変わりに出てきたのが、スケッチブックと、三〇本はあろうかと思われる色ペンだった。
まさか、宮都は技術を売るのか?
予想通り、「似顔絵を売るから、練習させて」と着いた早々彼は劇団員の似顔絵を書き始めた。
始めに太田がモデルとなる。かなり似てる。
これは本当に似顔絵でいけるんじゃないか?我々はみんな絶賛した。絶賛されるとこの男はかなりその気になる性格で、梅本、三谷、山田もなかなかの似顔絵になった。
昔からかなり絵は描いてきたと聞いていたし、よく描いているところも見ていたが、即興でここまでやるとは正直驚いた。さあ、商売開始。一枚一〇〇円で描くことにした。
ささやかな看板と、太田の大きな呼び声で、客の関心は少なからず似顔絵に向き始めていた。
すぐに最初の客がやって来た。実際に初対面の人を描くとなると、さすがの宮都も緊張気味。興味本位でやって来た若い女性の客だった。五分程度で完成。似てる。客もかなり喜んでいる。これで確実に「いける」と確信した宮都は、次から次ぎへと似顔絵をこなしていった。
しかし、彼特有の中だるみタイムが訪れる。「もう、しんどい」「ダルい」と、風邪であることは差し引いても、いつものセリフが飛ぶ。客の前でも言ってしまうところが宮都である。
この中だるみタイムに描かれた二人に女性客には無料で持って帰ってもらった。
何故なら似てないから。似顔絵なのに。同じ時に描かれた小山もやはり似ていない。宮都は、彼自身の発言に伴って、しっかり技術も落ち始めていた。このままではマズイ。
彼は奮起した。ペンを変えて、タッチを変える。これがマンネリ脱出法だった。タッチを変えた練習台が横山だ。これで上手くいくのかどうか半信半疑だったが、結果はめちゃくちゃ似ているこれが起死回生の作品となった。その後自画像を描き、商売を復活させた。
結局この日、売り上げは別としても、一番繁盛したのは宮都の似顔絵だった。最終的には二五人もの似顔絵を描き、その中には香港からホームステイで来ている外国人や、一歳にも満たない子供を連れたお母さんなど、様々だった。
軽い気持ちで始めた似顔絵だったが、そんな外国人の「日本の想い出」や、母娘の「幼き日の想い出」に深く関わっていくことになり、緊張するやら恐縮するやら・・・とにかく宮都は何らかの影響を受けたはずだ。
「場所変えて、もう一度真剣にやらせてや」宮都は言った。 『宮都謹次が街角似顔絵師に!』この企画、近い内に実行されるであろう。 ちなみに売込隊ビーム、フリーマーケット総合売り上げは23,960円。少ないかもしれないが、売り上げ金よりも、確かに違う何かを得たことを信じている。
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